目次
第1章:はじめに
1.1 医師不足の背景と目的
日本における医師不足は、特に地方や過疎地域で深刻な問題として社会に影響を及ぼしています。近年、都市部には医師が集中し、人口が減少する地域では医師が不足する傾向が顕著です。医療が必要な住民が適切な診療を受けられず、地域によっては緊急時や特殊な診療分野で医療を提供できない状況も増加しています。この章では、医師不足がもたらす課題とその背景、そして本書で解説する内容の目的について述べます。
医師不足に関する問題は、日本全体で医療サービスの提供が不均衡であるために生じるものであり、特に二次医療圏・三次医療圏などの範囲内での医師偏在が影響しています。これにより、医師不足は一部の市町村にとどまらず、広範囲にわたって医療体制に影響を及ぼすことから、根本的な対策が求められています。
1.2 日本における医療偏在の現状
日本の医療制度は、高度な医療サービスを提供するために充実した病院や医療機関を備えていますが、地域によっては医師数が全国平均と比べて著しく少ない現状があります。都市部では医療機関が集中し、診療科も多岐にわたる一方で、地方や離島などでは限られた診療科でさえ医師がいない状況もあります。さらに、医療資源の分配は地域住民の医療ニーズや人口動態に基づいて行われるため、都市と地方の間で医療サービスの差が生じています。
医師不足の市町村では、医療アクセスが制限されており、特に緊急医療や専門的な治療が受けられないことが多く、地域住民の健康リスクが高まる要因となっています。この問題は、少子高齢化とともに、今後さらに深刻化することが予測されており、医療従事者の確保や医療体制の整備が急務となっています。
この記事では、医師不足の市町村の現状を把握し、医療体制を支えるための具体的な施策や各地域の取り組み、さらには日本全体としての医師偏在解消のための提案についても言及していきます。
第2章:日本の医師不足の実態
2.1 全国的な医師偏在の概要
日本の医師不足は、特に地域間での偏在が問題視されています。都市部には多くの医師が集中する一方で、地方や過疎地域では医師の数が著しく不足しており、医療機関の数や診療科が限られるケースも少なくありません。この偏在の背景には、医師が集中する都市部では収入や生活水準が高い一方で、地方では診療科が限られ収入も安定しにくいという経済的な要因があります。
厚生労働省のデータによると、人口10万人あたりの医師数は地域によって大きく異なり、特に東北地方や九州の一部の市町村、離島などで医師数が全国平均を下回る状況が続いています。また、医師数の少ない市町村は、医療圏域内の他の地域から医師を確保するのが困難なため、医師偏在が恒常的な問題として地域医療を圧迫しています。
2.2 医師不足が特に深刻な地域の特徴
医師不足が深刻な地域にはいくつかの共通点があります。まず、人口が減少傾向にある市町村では、若年層が少なく医療ニーズが高齢者に偏るため、医療の質と量を保つのが困難です。また、離島や山間部などの交通インフラが不十分な地域では、救急医療体制を整えることが難しく、医師が地域に定着しづらい状況にあります。
具体例として、北陸や四国、九州の一部地域、北海道の地方部などが医師不足の地域として挙げられます。これらの地域では、診療所や病院の閉鎖が進み、住民が適切な医療サービスを受けるためには遠方の医療機関を訪れる必要があるなど、医療アクセスの低下が問題となっています。
3章:医師不足の原因
3.1 地域別・診療科別の医師の偏在
医師不足は全国的な現象であり、特に地方や特定の診療科で顕著です。都市部には多様な診療科を持つ病院が集中していますが、地方では診療科の選択肢が限られており、特に小児科や産婦人科などの専門医が少ないのが現状です。この偏在の主な要因として、都市部と地方の経済格差や、地方の医療機関では勤務環境が厳しいことが挙げられます。医師にとってのキャリア構築の機会や生活環境も、都市部に比べ地方で劣ることが多く、結果として多くの医師が都市部に集中する傾向があります。
さらに、診療科の偏在も大きな課題です。特に産婦人科や小児科などは、24時間の体制を求められるため、地方では負担が大きく、医師が定着しにくい状況にあります。そのため、都市部では医師が多い診療科であっても、地方では人員不足が深刻です。こうした偏在のため、地方住民が必要な医療を受けられないケースが増加しています。
3.2 医師の高齢化と後継者問題
日本全体で医師の高齢化が進んでおり、特に地方の医療現場では深刻です。多くの地方医師は定年を超えて働き続けていますが、後継者がいないために診療所や病院が閉鎖されるケースが少なくありません。この背景には、若い医師が都市部でのキャリアを選択する傾向や、地方での医療活動が魅力的に感じられないことが影響しています。また、大学病院から派遣される医師の数も年々減少しており、地方での医師不足を助長しています。
このような高齢化と後継者不足は、地域住民にとっても深刻な問題です。特に慢性的な疾患を抱える高齢者が多い地域では、かかりつけ医が引退すると医療サービスを受けるための選択肢が限られてしまいます。医師の引退後も安定した医療を提供するためには、若い医師が地方に魅力を感じる環境づくりが不可欠です。
3.3 地域住民のニーズと医師数のミスマッチ
地方における医師不足の要因には、地域住民の医療ニーズと実際の医師数のミスマッチもあります。人口減少が進む地域では、住民の平均年齢が高くなり、高齢者向けの医療が求められています。しかし、医療機関は専門医が不足しているため、多岐にわたる疾患に対応するのが難しい状況です。例えば、慢性疾患管理を行う総合診療医が必要とされる一方で、専門医療の体制も整備しなければなりませんが、現実には医師数がそれに追いついていません。
また、都市部では高度な医療技術や専門的な治療を提供する医師が多い一方で、地方ではかかりつけ医のような総合的な診療を提供する医師が少ないため、診療体制の充実が難しくなっています。このミスマッチを解消するためには、住民の医療ニーズを適切に把握し、医師の配置計画や教育カリキュラムの見直しが求められます。
第4章:医師不足による影響
4.1 地域医療への影響
医師不足は地域医療に多大な影響を及ぼします。特に地方や過疎地域では、医療機関が十分に機能せず、医療サービスの質や範囲が制限されています。例えば、総合病院や診療所が人手不足のために閉鎖されるケースや、夜間の救急対応が困難な場合があります。こうした状況により、住民は適切な医療を受けるために遠方の医療機関に行かなければならず、負担が増加します。また、医療従事者が限られているため、救急医療や慢性疾患の管理が不十分となり、住民の健康リスクが高まることも問題です。
地域医療の崩壊は住民の生活の質にも影響を及ぼします。特に高齢化の進む地域では、医療へのアクセスが悪化することで、疾病の早期発見や適切な治療が遅れ、健康寿命が縮まる傾向にあります。このような状況が続くと、医療への不信感が高まり、地域全体での健康管理が難しくなることが懸念されています。
4.2 患者・地域住民への影響
医師不足は患者や地域住民に直接的な影響を与えます。特に、慢性的な病気や継続的な治療が必要な患者にとって、医師不足により受診が困難になることは深刻な問題です。例えば、地域にかかりつけ医がいない場合、住民は必要な医療を受けるために他の市町村や都市部の医療機関まで通わなければならず、時間的・経済的な負担が増加します。また、遠方への通院が困難な高齢者にとっては、健康管理が難しくなる可能性もあります。
さらに、医師不足のために、待ち時間の増加や診療時間の短縮が生じ、十分な診察や相談が受けられない状況も発生しています。これは、患者の満足度を低下させるだけでなく、病気の悪化や再発を招く恐れもあるため、医療の質を維持するための対策が急務です。
4.3 医療従事者への負担増加とその影響
医師不足は、現場で働く医療従事者にも多大な負担をもたらします。地方や過疎地域の医療機関では、限られた人員で多くの患者に対応する必要があるため、長時間労働や過重労働が常態化しやすい状況です。これにより、医師や看護師が過度の疲労を抱え、精神的・身体的な健康に悪影響を及ぼすケースも少なくありません。
また、過重労働によるストレスが原因で医師が地域を離れることもあり、さらに医師不足が進行する悪循環が発生します。このような負担増加は、医療従事者の離職率を高めるだけでなく、新たに医師や看護師が地方に赴任することに対するハードルも高める要因となっています。医療従事者が安心して働ける環境を整えることは、医師不足の根本的な解決策の一つとされています。
第5章:各市町村における医師不足の現状
5.1 代表的な医師不足地域の現状と課題
日本国内で医師不足が深刻な市町村の中には、特に医療提供体制が不十分な地域があります。例えば、新潟県の佐渡市や石川県の輪島市では、医療従事者の確保が難しく、慢性的な医師不足に悩んでいます。これらの地域では、人口減少と高齢化が進んでおり、地域の医療ニーズは増加していますが、必要な医療体制を整えるのが難しいのが現状です。また、こうした地域では、小児科や産婦人科などの専門医が不足しているため、特定の医療サービスを受けるために遠方の医療機関まで通わざるを得ないケースも多く見られます。
さらに、茨城県北部の一部市町村や、四国地方の離島地域、東北の山間部などでも、医師不足は地域住民の生活に直接的な影響を及ぼしています。特に救急医療の対応が遅れることで、地域住民が緊急時に適切な医療を受けられないリスクが増大しています。これらの地域では、住民が安心して生活できる医療体制の構築が大きな課題となっており、地域ごとに異なるニーズや医療環境に合わせた施策が求められています。
5.2 各地域での具体的な医師確保の取り組み
医師不足が深刻な地域では、医師確保のためのさまざまな取り組みが行われています。たとえば、新潟県佐渡市では、大学との連携により地域医療に携わる医師を育成・派遣する取り組みが進められています。また、茨城県では、筑波大学に寄付講座を設置し、地域医療の充実を図るための総合診療医の育成や多職種連携の推進を行っています。こうした取り組みにより、医師不足の地域にも定期的に専門医を派遣する仕組みが構築され、少しでも医療体制の改善を目指しています。
その他にも、地域住民による住民運動や、自治体が主導する医師のための働きやすい環境の整備など、医師の定着を目指した取り組みが見られます。こうした取り組みは、医師不足が地域全体に及ぼす影響を軽減するための重要な施策であり、地域の特性やニーズに応じた多様なアプローチが必要とされています。
5.3 地域ごとの医師確保への課題
医師不足の解消には地域ごとの取り組みが求められますが、各地域には固有の課題も存在しています。例えば、交通インフラが整っていない離島や山間部では、医師の通勤が困難であるため、医師が短期間で離職することが少なくありません。また、地域医療においては夜間や休日も対応が求められるため、医師にとっては過重労働となりやすく、生活の質が損なわれやすいという課題もあります。
また、医師不足の地域では、診療科や専門性に応じた医師の配置も難しく、地域住民のニーズを満たす医療提供が困難なケースが多いです。これらの課題を解決するためには、医師を支援する体制を強化し、地域医療の魅力を向上させる必要があります。
第6章:医師確保のための施策
6.1 国による医師確保施策の概要
日本政府は医師不足の解消に向けて、さまざまな施策を講じています。その一つが、医師偏在解消計画の策定です。この計画では、医師が不足している地域や診療科に医師を配置するための具体的な方針が定められ、医療資源の適正な分配を目指しています。また、医師数の増加を図るため、医師養成の定員増加や新設医大の支援なども行われています。
特に、僻地や離島といった医師確保が難しい地域には、経済的な支援や働きやすい環境を提供するためのインセンティブが導入されています。これには、奨学金の返済免除や地域医療に特化した専門医の育成支援、さらには僻地での医師生活をサポートするための補助金などが含まれています。さらに、テレメディスン(遠隔医療)を活用した医療体制の強化も推進されており、遠隔での診療や相談が可能なシステムの導入が進んでいます。
6.2 地方自治体の取り組み(寄付講座設置、住民運動など)
各地方自治体も医師不足の解消に向けて積極的に取り組んでいます。例えば、茨城県や長野県では、地域の医療ニーズに応じて大学と連携し、寄付講座を設けて地域医療に関する研究や医師の育成を行っています。これにより、医師が地域で実務経験を積む機会を提供し、地域医療に貢献できる人材の定着を図っています。
また、地域住民による医療支援活動や住民運動も重要な役割を果たしています。住民が医師確保のために署名運動を行い、自治体や政府に働きかけることで、医師不足に対する問題意識を高め、政策の実現を後押ししています。こうした地域密着型のアプローチは、地域住民が自身の医療環境の改善に関与することで、持続可能な医療体制の実現を目指す重要な取り組みです。
6.3 地域医療支援病院の役割と重要性
医師不足解消のためには、地域医療支援病院の役割が欠かせません。地域医療支援病院は、医療従事者を支援し、地域内の医療機関と連携して医療サービスを提供することを目的としています。これにより、救急医療や専門医療が不足する地域でも、他の病院から医師を招き、緊急時の対応や専門的な治療を行うことが可能になります。
また、地域医療支援病院は医師や看護師の教育機関としても機能しており、地域に根差した医療従事者の育成が進められています。例えば、総合診療医や地域医療に精通した医療従事者を育成することで、地域住民の多様な医療ニーズに応えられる体制が整えられつつあります。
第7章:医師偏在是正のための新たなアプローチ
7.1 ICTやテレメディスンの活用
医師不足が深刻な地域では、情報通信技術(ICT)やテレメディスン(遠隔医療)を活用した医療提供が期待されています。テレメディスンを利用することで、遠隔地にいる医師が患者を診療でき、特に救急対応や専門医療が限られている地域において、患者が迅速に適切な医療を受けられるようになります。これにより、医師の負担を軽減しながら、地域住民が質の高い医療を受ける機会が増加します。テレメディスンの導入は、通信インフラが整っている都市部や僻地でも導入しやすく、遠隔から医療アドバイスを提供するサービスが拡大しています。
また、AI技術やビッグデータ解析を活用することで、患者の健康データを管理し、医師が診断を下す際のサポートも行われるようになっています。こうしたICT技術の活用は、診断の正確性を高めるとともに、患者の予後管理にも寄与し、医師の診療負担を分散するための重要な手段です。
7.2 地域医療へのAI導入の可能性
AI(人工知能)技術の進展により、医療現場でのAIの導入が進んでいます。AIを活用することで、医師の診断を支援するだけでなく、患者の状態予測や診療の効率化も期待されています。たとえば、画像診断におけるAIの活用は、医師が診断にかける時間を大幅に削減し、正確な診断をサポートする役割を果たしています。また、AIによる患者データの分析により、疾病の早期発見や適切な治療プランの提供が可能となります。
医師不足地域において、AIが補助的な役割を果たすことで、医師の負担を軽減し、より多くの患者に対して質の高い医療を提供することが期待されます。さらに、AIを活用したオンライン診療システムの構築も進んでおり、地域医療の改善に向けた新たなアプローチとして注目されています。
7.3 多職種連携や地域包括ケアの推進
医師不足を補うための新たなアプローチとして、多職種連携や地域包括ケアの推進が挙げられます。多職種連携とは、医師に加えて看護師、薬剤師、リハビリテーションスタッフ、栄養士、社会福祉士などが協力し、包括的なケアを提供する仕組みです。これにより、医師の負担を分散し、患者が必要とするケアを効率的に提供することが可能になります。
また、地域包括ケアシステムは、医療・介護・福祉の分野が連携し、高齢者や慢性疾患を抱える患者に対して地域全体で支援を行う体制です。このシステムの導入により、地域住民が身近な場所で適切な医療と介護を受けられる環境が整えられます。地域包括ケアは、医師不足の地域でも住民が安心して生活できるように支援する重要な役割を担っており、地域ごとの特色に合わせたケア体制の構築が求められています。
第8章:市町村の取り組み事例
8.1 成功事例
医師不足の解決に向けた成功事例は、いくつかの市町村で見られます。たとえば、茨城県つくば市では、地域医療の充実を目指し、筑波大学と協力して地域総合診療の寄付講座を設けるなど、地域に特化した医療人材の育成に成功しています。この取り組みでは、地域医療に必要な知識や技能を備えた医師を育成し、地域での実践を促すことで医師不足を補うとともに、地元住民の医療へのアクセスを改善しています。
また、長野県の上越市でも、地域の病院と連携して医師を確保し、救急医療体制の強化や医療スタッフの教育を進めています。さらに、上越市では医療従事者が働きやすい環境整備も行われ、地域の医療ニーズに応じた柔軟な対応が可能となっています。こうした成功事例は、自治体の主体的な取り組みが医師不足解消の大きな助けとなることを示しています。
8.2 課題とその解決策
医師不足解消のために自治体が行う取り組みには課題もあります。特に、地方の医師確保には多くの費用がかかるため、財政負担が大きくなることが問題です。さらに、医師が一度地域に赴任しても、過重労働や生活環境の問題から短期間で離職するケースもあり、医師の定着を確保することが難しいのが現状です。
このような課題に対する解決策として、柔軟な勤務体制の導入や、地域全体で医師をサポートする仕組みの整備が有効です。たとえば、定期的に都市部から専門医が訪問診療を行うシステムの導入や、地方勤務を促進する奨学金制度などが実施されています。自治体による経済支援や、住民の協力によって働きやすい環境が整うことで、医師の定着率が向上し、地域医療が安定することが期待されます。
8.3 地域住民の参加による医師確保の実例
医師不足解消のためには、地域住民が主体的に参加する取り組みも重要です。例えば、地域住民による署名活動や、医師を支援するボランティア活動を通じて、地域医療への関心が高まるとともに、行政や医療機関への医師派遣の後押しにもつながります。また、住民が医師や医療スタッフと積極的にコミュニケーションを図ることで、医療従事者が地域に対して親近感を抱きやすくなり、長期間にわたる勤務が実現しやすくなります。
さらに、一部の自治体では、住民が健康管理に積極的に取り組むことで、医療機関の負担を軽減し、限られた医療資源を有効活用する取り組みも進められています。このように、地域住民が主体的に医療環境の改善に関わることで、医師不足の問題に対する地域全体での解決を目指す動きが広がっています。
第9章:海外の事例と日本への応用可能性
9.1 海外における医師不足対策
多くの国々が日本と同様に医師不足に直面しており、それぞれ独自の対策を講じています。例えば、イギリスでは国民保健サービス(NHS)により、リモート診療やITを駆使した患者管理システムを活用し、医師の負担を軽減しています。リモート診療は、患者が医師に直接会わずに医療サービスを受けられるため、特に地方や過疎地域での医師不足の解消に寄与しています。また、スウェーデンでは医師の働きやすい環境づくりに注力し、医療従事者の労働時間を短縮することで、医師の離職率低下に成功しています。
アメリカでは、医師の地域偏在解消を目的とした奨学金制度が広く普及しており、特定の地域で一定期間勤務することを条件に奨学金が免除される仕組みがあります。こうした制度は、若い医師が経済的負担を軽減しながら経験を積むことができ、医師不足の地域にとっては大きなメリットです。
9.2 日本への導入可能な取り組みとその課題
これらの海外の取り組みは、日本においても導入が期待されています。たとえば、イギリスのリモート診療は、日本でもICTの発展を活かして実施可能です。リモート診療を導入することで、特に離島や山間部の医師不足が緩和され、遠隔で専門医の診察を受けられる機会が増えます。しかし、リモート診療には通信インフラの整備が不可欠であり、地域によってはインフラの未整備が課題となります。
また、アメリカの奨学金制度のように、特定地域での勤務を条件とする経済的支援は、日本でも効果的であると考えられますが、若い医師にとって生活環境が厳しい地域での勤務を選ぶのは容易ではありません。これを解決するには、医師だけでなく、その家族にとっても住みやすい環境の整備や、住居・教育・生活に関する支援の充実が求められます。
スウェーデンの労働環境改善の取り組みは、長時間労働が課題となっている日本の医療現場においても非常に参考になります。医療従事者の働き方改革を進め、休息時間の確保やフレキシブルな勤務体制の導入を推進することで、医師の定着率向上と医療の質の向上が期待されます。
第10章:今後の展望
10.1 医師不足の解消に向けた長期的な展望
日本における医師不足解消には、長期的な取り組みが不可欠です。今後は、国と地方自治体が連携し、医師養成の段階から地域医療の現状と課題を取り入れた教育を進めることが重要です。さらに、人口減少が進む地域では、人口動態に基づいた柔軟な医療体制が求められます。リモート診療やAIの活用、医療従事者の働き方改革を推進し、医師が持続的に地域医療に関われる環境を整えることが鍵となります。
また、将来的には、医師の偏在を防ぐためのデータ収集と分析が重要です。リアルタイムで地域の医療ニーズを把握し、それに応じて医師を効率的に配置することで、医療資源を最大限に活用できる体制を築く必要があります。
10.2 地域医療と住民生活の質向上への期待
医師不足の解決は、地域医療の向上だけでなく、住民の生活の質全体にも良い影響を及ぼすと期待されています。医療体制が整備されることで、住民が安心して暮らせる環境が作られ、地域の活性化にもつながります。特に高齢者が多い地域では、適切な医療が身近にあることで健康寿命の延伸が期待され、地域の医療負担も軽減されます。
今後は、医師不足解消と住民の生活の質向上を両立させるため、地域ごとの医療資源の活用方法や住民の協力体制を築くことが重要です。多職種連携や地域包括ケアの導入が進むことで、医師だけに負担が集中するのではなく、看護師やリハビリスタッフなど、他の医療従事者とも連携した包括的なケアが可能となります。
10.3 医療制度改革と地域医療の未来像
日本の医療制度は、都市と地方の医療格差が広がる中で、新たな改革が求められています。これには、医師偏在の解消を目指した医療政策の見直しや、地方における医療体制の強化が含まれます。さらに、テクノロジーの進展を活かした革新的なアプローチが、医師不足を解決するための手段となるでしょう。
第11章:まとめ
11.1 本稿の要点まとめと今後の課題
本稿では、日本における医師不足の現状とその解消に向けた取り組みについて詳細に解説しました。特に、地方や過疎地域において医師が不足している現状は、住民の健康リスクや医療格差を拡大させる原因となっており、これを解決するためには多角的なアプローチが必要です。医師偏在の原因には、医師が都市部に集中する傾向や、地方での働きにくさが影響しており、ICTやテレメディスン、AIなどの新技術が医療提供の支援として期待されています。
本稿で述べた医師確保の施策や、住民による支援活動、多職種連携といった具体的な事例は、医師不足の地域でも持続可能な医療体制を築くうえで参考になるでしょう。しかし、これらの取り組みは依然として限られたものであり、医師の偏在を解消するにはさらなる支援策が必要です。
11.2 医師不足解消のための提言
今後、医師不足の解消には、以下のような提言が有効と考えられます:
- 医師養成と偏在是正のための制度強化
医師の養成過程において地域医療の重要性を理解させ、地方での研修や勤務を積極的に選択するような制度づくりが必要です。また、医師を地域ごとのニーズに合わせて配置するための政策を強化し、医師の地域間の不均衡を解消する仕組みを整えます。 - テクノロジーの活用
テレメディスンやAI診断支援を導入し、医師不足地域における診療効率を向上させることで、医療アクセスを改善します。また、地域医療従事者がICTを活用できるような教育・訓練も重要です。 - 多職種連携と地域包括ケアの推進
医師に過度な負担がかからないよう、看護師や薬剤師などの他職種との連携を強化し、地域住民が包括的な医療を受けられる体制を確立します。また、地域包括ケアシステムを推進することで、高齢化社会に対応した医療・介護の統合的な支援が実現できます。 - 医療従事者が働きやすい環境の整備
地方の医療機関に勤務する医師や看護師が安心して働ける環境を整えるために、柔軟な勤務体制の導入や家族向けの支援、住居・教育など生活環境の整備が重要です。
- 東洋経済オンライン「日本で「病院が足りてない町」は一体どこなのか」
全国の医師偏在状況や病院数の少ない地域について解説しており、医師不足が深刻な地域を偏差値で示した地図や地域ごとの状況について詳細なデータが掲載されています。 - 自治体問題研究所「医師不足の解決めざす住民運動」
日本における医師不足に対する住民の活動や運動について触れ、医療の公共性を取り戻すために各地で行われている取り組みを紹介しています。医療の再公共化についての具体的な提案も述べられています。 - 厚生労働省「令和4年版厚生労働白書」
医師偏在に関する統計情報が豊富に掲載されており、日本全国の医師不足の状況や偏在指標についての詳細なデータが記載されています。政策立案や医師確保のための方針に関する情報も含まれています。 - 水戸市ホームページ「みんなで守ろう地域医療」
茨城県水戸市における医師や看護師の確保状況について紹介し、地域医療を守るための具体的な取り組みや医師不足の背景が解説されています。特に周産期医療や救急医療への対応策についての情報が豊富です。 - 厚生労働省「医師確保計画に基づく効果的な医師偏在対策の推進」
医師偏在の解消を目的とした計画の進捗状況や具体的な施策についてまとめた資料で、医師少数地域を細かく分類し、地域ごとの医療ニーズに基づいた取り組み方針を示しています。 - 石岡市ホームページ「地域医療体制強化」
茨城県石岡市が地域医療の強化を目指し、大学との連携による医師育成や医療体制の充実を図るための取り組みについて解説しています。地域に必要な診療科目の確保や、多職種連携に関する情報も掲載されています。 - 厚生労働省「医療少数スポットにおける医師配置の状況」
医療機関そのものを「医師少数スポット」として設定し、医師偏在対策を進める際の指標や配置状況について詳述しています。医師の偏在に対する具体的な数値データが参考になります。 - 厚生労働省「地域医療基盤開発推進研究事業」
医師偏在解消を目指す地域医療基盤の推進に関する研究内容や政策方針について掲載しており、医療圏単位での医師数確保に向けた目標と施策が示されています。医師不足の地域での具体的な対応策を知る上で有用です。